京都市左京区北白川伊織町--------。
蹴上で琵琶湖疏水から北に分かれた疎水分流は、哲学の道に沿って大文字山の麓、
銀閣寺の前を通り、白川通をくぐって流れていきます。
そして京大農学部グランドの少し北の一角が北白川伊織です。
春は水流に桜が彩りを添え、春紅葉を終えて夏の始まりは蛍が舞い、
大文字が灯ると夏の終焉。
やがて樹々は紅や黄に染まり、葉が散りきった後は東山から白い風花が舞い降りてきます。
京都でも市中とは一味違う趣でしょうか。
この地に梅棹家が暮らし始めたのは1949年。
後に京大教授、国立民族学博物館初代館長となる梅棹忠夫が西陣の実家から移ってきたのがきっかけでした。
2015年8月、大正末から昭和初期の建物を改築してロンドクレアントは疎水分流沿いのユニークな店々の仲間に加わりました。
普段はカフェですが、白い内壁に厚い針葉樹の床で仕立てた板の間と中庭の回廊、
8畳の茶室をアート展示、コンサート(最大40席)、お茶会などの空間としてお貸出ししています。
小さなスペースに合った展示備品、音響装置も用意し、パーティー料理も可能です。
主人・梅棹マヤオ
美山の旬を「ゆるり」でお楽しみくださいませ
2020年6月13日に梅棹忠夫の生誕100年を迎えました。
節目の1年が始まり、
ここに梅棹にちなむ話題提供の場を開設いたします。
梅棹家に残っていた個人アルバムから
順に写真を公開するほか、
催事の情報、梅棹の著作などとともに、
ゆかりの人びとからご寄稿もいただく予定です。
梅棹が愛した知的交遊を再現できれば幸いに思います。
京都北白川 ロンドクレアント
梅棹マヤオ
1994年(74歳) 撮影/齋藤康一